トリプルセブン30周年yearな2025年
2025年12月23日、ANAの777が就航30周年を迎えた。
物心ついた時から
「最新鋭」「ハイテク」「低騒音」「エンジンがでかい」「完璧」「イケメン」「優等生」
と777のイメージを植え付けられていた777と同世代の人間にとって、時の流れの速さに理解が追い付かないのが正直なところである。

名機L-1011「トライスター」をリプレースするところから始まったその歴史は、その性能をいかんなく発揮し、国内主要路線から欧米路線まで幅広く大活躍。
747と767の中間サイズの機体だったはずが、747をも上回る全長73.9mの胴体を持つ777-300/‐300ERの登場で、一回り大きい747までリプレースし、名実ともにANAの看板機材の地位を手に入れた。
コロナ禍での大量引退やPW4000エンジンのトラブルなど、2020年からの数年間は忍耐の時が続いたものの、現在は再び国内線、国際線のフラッグシップととして活躍を続けている。

肉眼レフや月刊エアラインを通じてその動向をずっと見てきた航空ファンとしては、30年という節目を迎えられて安堵する気持ちと、これからも元気に活躍してほしいという気持ちでいっぱいである。
就航30周年を迎える節目の日、デビューフライトの路線となった羽田ー伊丹線のANA23便で、記念のイベントが開催されたので、しっかり参戦することにした。
イベントの前に①~30年前のデビュー便に乗る~
1995年12月23日、ANAの777初就航便に選ばれたのは、羽田発伊丹行のANA15便だった。
2025年12月のスケジュールでは、767や787がアサインされていたが、23日は事前に777-200ERの投入が決まっていた。
ANAの777に限らず、なかなか30年前のデビューフライトと同路線、同じ便にその機材で飛ぶチャンスなど無い、と考え、23便搭乗前に羽田ー伊丹線を1往復することにした。
現在、ANA15便の出発時刻は8:00。95年12月のダイヤでは7:45発と微妙な時間ではあったが、「大体8時発」という点はこの30年変わらない。
この日の15便の使用機材は、777-281ER、JA742A。2012年5月の導入機だ。ANAの777-200/-200ERには現在2つのコンフィグレーションがあるが、どちらもデビュー当時の状態を保つものではない。
777の導入当初は、普通席が3-3-3の9アブレスト(376席)だったものの、2000年代半ばの747SR引退に合わせて3-4-3の10アブレスト(415席)へ変更された。その後、プレミアムクラスの増席などを経て、現在は392席仕様と405席仕様の2パターンへ落ち着いている。
普通席を1列増やす改修が入っているだけあって、ANAの国内線仕様の777は、座席数の増減が激しい機種となっている。



この15便はイベントの対象ということもない普通の営業便なので、普段通りに出発して一路伊丹を目指す。やや風の強かった羽田空港、RWY05を離陸して一路西へ。冬の澄んだ空気のおかげで、離陸してきた羽田空港や横浜の街並みを綺麗に眺めることができた。
羽田ー伊丹線の航路は30年前とほぼ変わらないが、出発地の羽田空港は様変わりした。ANAの発着ターミナルが第2ターミナルへ移転し、滑走路の本数も、位置も変わっている。
30年前のANA15便は、今のRWY34L(当時はRWY34)から離陸したが、現在は基本的に34Lからの離陸は行われない。沖合展開事業過渡期の羽田空港を知る初期導入の777-200こそ全て引退してしまったが、1998年導入の777-300はまだ現役。
日本の旅客機として、ちょっと昔の羽田空港を知る唯一の機材になってしまった。




その後は、相模湾上空で巡航高度の24,000feetに達するといつも通り富士山の脇を通過。伊勢湾を横断し、お馴染みのウェイポイントOHDAIからのdirect IKOMAで時短アプローチをかけるとあっという間に大阪の街並みが見えてきた。
95年当時、ANAの国内線も伊丹空港の北ターミナルを使用していた。現在ANA便は南ターミナルを使用しているため、伊丹の到着スポットも30年前の再現とはならず…となってしまうのだが、伊丹空港のRWY32Lへ着陸する点は当時をそのまま再現することができた。着陸時刻は9:06、短いタキシングを経て9番スポットへの到着は9:10をマークした。





伊丹到着まで基本的に普段通りのフライトではあったものの、最後に粋なアナウンスがあった。
完全に油断していたため冒頭の録画が出来ていないのが痛恨のミスだが、デビューフライトであるANA15便ならではのアナウンスを最後に聞くことができ、改めて30周年を迎えたことを実感しつつ、いったん機内を後にした。
イベントの前に②~30年前の伊丹発初便にも乗る~
今も当時もANA15便の折り返しはANA20便。ということで、伊丹空港発の777運航便の初便もANA20便だった。
大人の事情で747の乗り入れが禁止されてからは、伊丹空港へ発着する最大の機種として君臨してきた777。その歴史の原点であるANA20便にもしっかりと搭乗した。(これに乗らないと23便に間に合わない…)
出発時刻が近づきゲートへ向かうと、羽田ー伊丹線名物、優先搭乗の列が例外なく出来上がっていた。羽田ー伊丹線が全便777で運航されていた頃のこの路線のヘビーユーザーの方は、空港についてから機内に入るまでのイメージが完璧に頭の中に出来上がっていたに違いない。
この便でアサインしたのは、進行右側の31K。777の主翼の大きさを感じつつ、景色も楽しむことができるところが個人的にポイントが高い。なお、反対側の31Aは2人掛け席で、よりポイントが高いことを付け加えておく。




航空路混雑でEDCTが設定されたこの日のANA20便、定刻よりも10分程遅れてスポットを離れ、プッシュバックを終えたところでちょうど羽田空港からANA17便の777がやってきた。
1時間おきに777の到着と出発が重なるタイミングがあるのが、2000年代後半の伊丹空港の日常。特徴的なエンジン音が1時間おきに聞こえる空港周辺の工場などでは、もはや時報代わりに機能していたこともあるかもしれない。
その後は数機の離陸と着陸を待ったのち、再びRWY32Lから離陸。離陸時刻は10:27、羽田空港ではそろそろ777の30周年記念イベントが始まる頃だろう。
777がデビューした1995年の阪神圏で忘れてはならない出来事は、何といっても阪神淡路大震災の発生だ。地震が発生したのは777就航前の1月17日であったが、犠牲となってしまった方の中には、777の就航を心待ちにしていた方もいらっしゃったのではないか、と離陸後に見えた神戸の街並みを見ながらふと考えた。こうして777の30周年を祝えていることにも感謝したい。




離陸後5分でベルトサインが消えたタイミングで、到着予定時刻は11:20とのアナウンスが入った。少しだけでも羽田で開催中の30周年記念イベントにも参加できるか、と期待していたがやや厳しそうである。
こちらの便の巡航高度は23,000feet。Flightraderを見ていると、ところどころ航路をショートカットしながら飛んでいるようで、遅延回復に尽力していただいていることが伺えた。ちょうど我々の着陸するころに、C滑走路RWY34Rへ進入しそうな他機がなさそうだったので、第2ターミナルに近い34Rに降りたい!と心の中で熱望していたが、その願いも叶わず、先行機に続いてRWY34Lへと向かっていった。
羽田空港への着陸は11:13、約3時間ぶりに東京へ帰ってきた。777らしく地面をグッと捉えるようなランディングだったのが印象的だった。着陸後は、前便同様777の30周年を伝える内容のアナウンスが行われていたが、他の777運航便でもこのアナウンスが行われていたのか、気になるところである。
第2ターミナルに近づくと、イベント会場である53番スポットには「沢庵」こと「C3-PO ANA JET」の姿が見えた。機上でもX(旧Twitter)をモニターしていたため、このアサインは知ってはいたものの、これから乗る機材が特別塗装機だという状況を目の当たりにして少しうれしい気持ちになった。(通常塗装機がアサインされるとばかり思っていた)





いよいよ本チャン!イベント会場へ
20便の到着した59番ゲートから23便の出発する53番ゲートへ転戦してきた。本日3度目の777のフライト、の前に少しだけ物撮りタイムである。
30周年記念フライトを前に、第2ターミナルの53番ゲート付近では、777に纏わるトークイベントや、777就航当時の制服試着会などが開催されていたようで、イベントに合わせて777関連の展示がたくさん用意されていた。





53番ゲートの前に来ると、大勢の航空ファンの姿が目に入った。使用機材に特別塗装機の「C3-PO ANA JET」がアサインされていることもあるが、シップの前で整備士の皆さんが記念の横断幕を掲げてフォトセッションに応じていることが大きい。
この様子だけでも普段のフライトとは一味も二味も違うことが感じられたが、ゲートの前に掲げられた「ボーイング777 ANA就航30周年」のボードや大勢の関係者の姿がその特別感を一層際立たせていたのは言うまでもない。
このような「異端な」羽田-伊丹線のフライトではあったが、グループ1とグループ2の優先搭乗が途切れることはなく、この点は羽田ー伊丹線のアイデンティティーを保っていた。





大勢のANAスタッフの皆さんに見送られながら53番スポットを離れ、ANA23便はいよいよ出発。「いつもの」C3-POのご挨拶もありがたく頂戴しながらRWY05へ移動した。離陸時刻は12:24、前後の窓側席の方もスマホを片手に離陸の様子を撮影しているのが印象的だった。
ところどころ軽い揺れを受けながらも上昇を続けたJA743Aは、離陸後8分で巡航高度の18,000feetへ到達。ベルトサインも消灯し、ドリンクサービスも始まった。392席がほぼ満席だったキャビンで、通路もやや混雑していたが、777で運航されるラッシュ時間帯の羽田ー伊丹線で鍛えられたであろうCAさんの手際の良いサービスが進んでいった。





アナウンス通り、「力強く」「安定した」飛行を続けたシップは、伊勢湾上空、三重県松坂市上空を通過するとあっという間に生駒山地を超えて大阪上空へ。午前中同様、晴れ渡る大阪の空が再び出迎えてくれた。
着陸滑走路はRWY32L。13:11にランディングを決めた。特に機内は盛り上がることもなく、粛々と滑走路をバケートし、短いタキシングを経て13番スポットへ到着。Nキャプテンのお手振りに、伊丹空港のANAスタッフの皆さんのお見送りをいただき、無事にフライトが完遂した。
最後までキャプテンが手を振られている様子を見ていると、2014年の3月に747に乗った時のことを思い出した。777が将来引退する時が来ても、同じように温かくラストを迎えられたらいいな、と思いながらターミナルを後にした。



777の歴史は続く
無事に30周年を迎えることができたANAの777。90年代に導入された777-300の引退が今後進む一方、次世代型の777-8、9の導入が控えており、ANAの777の歴史はまだ続く。これからANAの777がどのような活躍をしていくのか、その動向から目が離せない。

※内容の一部は月刊エアライン1996年3月号参照

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